top of page
検索

旧交を温めた〜その2

2025年4月27日
読了時間: 3分

更新日:2025年5月10日

26日夜は大学の同期で数少ない親友のひとり小児科医Sとわれわれの7学年先輩に当たるS.K.先生の3名でGW初日のせいか人気の少ない六本木で会食。Sとは1年ぶりだがS.K.先生とは5、6年ぶりくらいか。


S.K.先生は母校の医学部長まで務められた俊英であるが、世間の方が思うようなお堅いイメージとは真逆のさばけたドクターで見た目も若々しく初対面で医学研究者と見当がつけられる人は皆無だと思う。私の結婚式で恩師枠でスピーチをお願いしたのだが、母は直前まで同級生と思いこんでいてスピーチの順番を間違えて登壇したけしからん輩と思ったそうだ(スピーチの内容がヤバすぎて、別の意味でけしからんとひな壇の私はひとり焦っていた)。


低学年の時に当時は基礎医学系の助手として授業や実習、あるいは部活での指導など他の同期生全員分け隔てなく面倒を見ていただいたはずなのだが、何がきっかけだったか放課後にプライベートにお付き合いさせていただくようになり、3人であるいは2人で夜遊びもしたし、短い夏休みの予定を合わせて南の島のバカンスにもご一緒した。卒後はさすがに会う機会も激減したがSが大学に長めに残った関係でやり取りは続き、私がペーペーの分際でワシントンDCの学会に出席した折には、ボストンに留学していた先生のアパートメントに泊めていただいた(私が持ち込んだ純日本製の風邪をうつしてしまい後日高熱で寝込んだそうだ・・)。もちろん心から尊敬できる先輩なのだが、親しくしている「年長の友人」と言っても叱られることはないだろう。


バブル期に向かう80年代に学生生活を謳歌した世代は、スポーツ、ファッション、音楽、車、旅行あるいはダンパにナンパ、恵まれた80年代カルチャーの洗礼を何がしか受けているのではないだろうか。もちろん医学生は他学部の学生のように遊び呆けるわけにもいかず必死に勉強もしたが、それでも現代よりはるかにおおらかだったとは思う。私は他人と群れるのが得意ではなかったので、むしろ一人遊びというか興味の趣くままに色々なことに首をつっこんでみるタイプであった。当時はスマホもPCもなかったから、イベントに参加したり、人と会う約束一つ取るのにも恐ろしく手間や時間がかかったがそれだけ人間付き合いも濃密だったのかもしれない。そんな時代に形成された男3人の絆? 表立って書けない、書ききれないエピソードが山ほどあって、3人寄れば昔話に花が咲き笑いに包まれたり冷や汗をかきなおしてみたり。自分が忘れていた話も必ず他の誰かが覚えていて、全員がボケとツッコミを担当するので収拾がつかなくなる。


こうして六本木の夜は更けていくのであった。


 
 

最新記事

すべて表示
「サナエる」

【意味】 ・絶対に自分の非を認めず他責すること ・後先考えずその場しのぎのウソをつくこと ・質問に答えず関係ないことを延々と喋ること ・空気を読まない行動を取って周りをドン引きさせること ・トンデモ論を鵜呑みにすること ・変なタイミングで笑顔を炸裂させること ・強者に媚びること ・意に反する意見を徹底無視すること ・追及されると異様に瞬きすること ・ドタキャンすること 等 (弁護士明石順平氏のXよ

 
 
まじしんブログ「インフルエンザ流行中」

従来なら12月から3月の真冬に流行するインフルエンザが、今年はすでに8月に流行入りし警報レベルにまで増加した沖縄県をはじめ全国で拡大中です。昨年も9月から流行しましたが、今年はさらに1ヶ月半も早く始まってしまいました。今回の流行の主体は昨年同様インフルエンザA型(H1N1 pdm09)という2009年夏に流行した新型インフルエンザ(正式には豚インフルエンザ)の亜型が主体となっています。17年も前に

 
 
東野圭吾氏を悼む

本日の午後、日本を代表するミステリー作家東野圭吾氏が23日大腸がんで逝去されたと各種メディアで(一部は速報で)報じられた。享年68歳、長寿の現代においては早すぎる死と言わざるを得ない。氏の作品はほぼ全作読破しているが、どれを読んでもハズレはなく若いミステリーファンの方とも共通体験、共通言語足りうる東野作品。当院近くの国道246に面するBook Offがまだ古書を中心に営業していた頃、入り口を入った

 
 

TEL 03-5432-5465

©2020 by 中村内科クリニック

bottom of page